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佐賀地方裁判所 昭和29年(行)1号 判決

原告 北川鉄次

被告 武雄税務署長

主文

被告が原告に対してなした昭和二十七年分所得税更正処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、所得税更正処分無効確認の請求

原告は主たる請求として「被告が原告に対してなした昭和二十七年分所得税更正処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

被告は原告に対し昭和二十七年分所得税確定申告について調査の結果農業所得申告課税所得額金七千四百円を金四万六千五百円に更正し、原告の給与所得と合算した上、差引年税額金九千二百円、過少申告加算税金四百五十円と各課税をなし、昭和二十八年六月二十六日その旨原告に通知して更正処分をなした。

しかしながら原告は農業経営者でも農業従事者でもないから、農業所得はないのであつて、もとより昭和二十七年分の農業所得につき所得税の修正、確定各申告をなしたこともないのに被告は原告に農業所得があり、原告が右申告をなしたとして所得税更正処分をなしたが、右は重大且つ明白な瑕疵ある行政処分であるから無効である。すなわち原告は昭和二十二年所謂公職追放されるまで二十数年間公務員であつたが右追放解除後昭和二十二年より同二十三年までは農業に従事し、昭和二十四年公務員に復職し佐賀県農地課小作主事として肩書自宅より通勤していたところ、翌二十五年十月胃潰瘍に罹患し九死に一生を得たものゝ、もはや体力上農耕はできなくなつたし、又右職務に忙殺されて農業に従事し農業を経営することは不可能となつたので、昭和二十六年一月より原告の農業経営を原告の妻訴外北川トヨに譲渡することとなつた。当時原告方の耕作反別は妻トヨ所有名義の同人の自作田二反四畝余、原告所有名義の原告の自作田三反五畝、畑一反二畝余であつたところ、妻トヨの右自作田を除く原告の自作田畑は佐賀県杵島郡朝日村(現在は武雄市朝日町)農業委員会の承認を得て妻トヨに使用貸借の権利を設定し爾来原告は耕作をやめ農業経営をなしていないのである。従つて農業所得は妻トヨに帰属し妻トヨにおいて昭和二十七年分所得税確定申告をなしたのである。原告が世帯主であり、佐賀県庁より妻トヨの家族扶養手当を受け、同人を扶養してはいるが、さりとて妻トヨの農業所得が原告に帰属するいわれはない。そうして被告もこのことを認め昭和二十六年分所得税については原告に確定申告を免じ原告は同年分の農業所得については課税されなかつたし原告の居村朝日村々民税も農業所得は妻トヨに帰属するから同人にのみ課税されているのである。

(一)  しかるに昭和二十七年分に至り被告は農業に従事せず農業経営者でもない原告に農業所得が帰属するとなして原告の給与所得と合算して課税したもので所得の帰属の対象を誤つているから本件更正処分は当然無効である。

(二)  右のように原告は農業所得の確定申告をなしたことがないのに被告は原告が右申告をなしたことを前提とする本件更正処分をなしたのは無効である。

(三)  なお本件更正処分についての被告庁の更正決議原本には発議、決裁、施行等の年月日がいずれも記載されず、又本件更正処分通知書にも作成年月日の記載がないが、右は明確を旨とする公文書としては効力がないものである。

よつて本件所得税更正処分の無効であることの確認を求める。

第二、所得税更正処分取消の請求

仮りに右請求が容れられないとすれば予備的請求として

「被告が原告に対してなした昭和二十七年分所得税更正処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求める旨申立て、その請求原因として次のように述べた。

(訴願前置について)

被告は昭和二十八年六月原告に昭和二十七年分所得税更正処分通知書を送付したが、原告はこれに異議があるので昭和二十八年七月二日被告に対し再調査の請求をなしたところ、被告は同年九月二十六日原処分は正当であるから棄却する旨の昭和二十六年分所得税更正決定に対する再調査決定通知書(昭和二十七年九月七日附)を送付した。そこで原告は右再調査決定無効の訴を当裁判所に提起し、同裁判所昭和二十八年(行)第十三号として受理されたが、該請求は被告の認諾するところとなり、その後昭和二十八年十月十九日頃被告は原告に対し右再調査決定通知書の「昭和二十六年分所得税」との記載を「昭和二十七年分所得税」と、「昭和二十七年九月七日」附を「昭和二十八年九月七日」附とそれぞれ訂正する旨の通知をなした。しかしかような目的物の全然相違する訂正は効力がないし、仮りに有効な訂正であるとしても、右再調査決定通知書には所得税法第四十九条の要求する決定の理由を附していないから、該決定は無効であるので、再調査請求のあつた日から六ケ月経過してなお再調査決定の通知がないときに該当するものとして直ちに訴を提起できるのであるが、原告は念のため右形式的に存在する再調査決定に異議があるとして同年十一月十七日福岡国税局長に対し審査請求をなしたが右審査の決定は未だなされていない。よつて右いずれよりするも訴願前置の要件を充したものである。

一、前記無効原因として主張した違法な所得税更正処分の瑕疵が重大明白でないとしても少くともその違法は取消さるべき瑕疵に該当するから、こゝに右事実を引用し本件更正処分の全部の取消を求める。

二、仮りに右主張が容れられないとしても原告及び妻トヨの各所有農地は地質その他の立地条件が悪く収穫は村内平均又は全国平均以下であり、加うるに原告家族は原告が公務員で妻トヨは五十一歳、母は七十五歳、長男は十九歳で学生、養女は八歳であつて殆ど雇人による耕作であるところ、昭和二十七年度の右農地よりの粗収入は

(1) 米  二十六俵二斗七升 金八万二十五円

(2) 裸麦 三俵       金六千三十円

(3) 小麦 四俵       金七千七百二十円

(4) 昭和二十六年分米麦追加金及び菜種油その他雑収入、金一万二千百一円四十五銭

(5) 甘藷          金千五百円

合計金十万七千三百七十六円四十五銭となり

その必要経費は

(1) 肥料代         金二万四千二百八十円

(2) 公課金         金三千七十二円

(3) 雇人費         金六万六百四十円

(4) 籾すり及び供出運賃   金千七百五十円

(5) 農機具購入修理費    金一万三千八百二十円

合計金十万三千五百六十二円となり

差引金三千八百十四円四十五銭が純収入となるのであつて、その中少くとも妻トヨ所有田から生ずる農業所得まで原告に帰属することはないから、原告の農業所得は原告所有名義の田三反五畝、畑一反二畝十六歩より生ずる所得に限らるべきで右のとおり妻トヨ所有田二反四畝余より生ずる所得を合算しても金三千八百十四円四十五銭であるから原告の農業所得はその六十パーセントに当る金二千二百八円六十七銭になり、所得税法第二十六条第二項第二号によれば給与所得以外の所得が一万円に満たないときは確定申告書の提出の必要はないことになつており、従つて確定申告を前提とする本件更正処分は違法であるからこれが取消を求める。

三、仮りに右各主張が悉く容れられず妻トヨ所有田から生ずる農業所得をも含めて農業所得の全部が原告に帰属するとしても前段主張のとおりその所得は金三千八百十四円四十五銭に過ぎないから、前段同様確定申告書の提出を要しないし、従つて本件更正処分をなされるいわれもないからこれが取消を求める。

なお原告に右所得の外恩給所得が金二万二千四百四十八円あることは認める。

かように述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、次のとおり答弁した。

第一、所得税更正処分無効確認の請求に対する答弁

原告の主張事実中被告が原告主張の更正処分をなしたこと、原告が修正、確定の各申告をなしていないこと、原告が昭和二十二年まで二十数年間公務員であつたこと、現在も公務員であり自宅より通勤していること、耕作反別及びその所有名義が原告主張のとおりであること、妻トヨ名義の所得税確定申告がなされていること、昭和二十六年分所得税については未だ課税していないことは各認めるが、その余の事実は否認する。

原告は農業経営者であつて農業所得は原告に帰属しているのである。

その根拠は、

(イ)  原告が世帯主であること

(ロ)  原告が佐賀県庁より妻トヨの家族扶養手当を受けていること

(ハ)  田畑の大部分が原告の所有名義になつていること

(ニ)  原告は佐賀県庁に勤務しているが、自宅より通勤しており全然農業に関与していないとは認められないこと

(ホ)  原告所有名義の田畑につき、妻トヨとの間に使用貸借が設定せられていることは認められず、寧ろ妻トヨの方が原告よりも病弱であつて妻トヨは農業に専従できない実状にあること

(ヘ)  昭和二十七年十二月一日現在において調整された旧朝日村農業委員選挙人名簿に原告も登録されていること

等で、原告が生計の主宰者であり、農業経営方針の決定等についても支配的影響力を有することが明らかである。

仮りに原告主張どおりの事実関係であつて、本件更正処分に所得帰属の認定を誤つた違法があるとしても、所得帰属というような抽象的観念的なものの存在は外観上明白なものとはいえないから、右帰属認定の違法は単に取消し得る原因であるに止まり、当然無効の原因とはならない。従つて本件更正処分無効確認の請求はそれ自体理由がない。

第二、所得税更正処分取消の請求に対する答弁

(訴願前置についての答弁)

被告が原告主張の日、原告に更正処分通知書を送付したこと、原告が昭和二十八年七月二日右更正処分に対し再調査請求をなしたこと、被告が同年九月二十六日原告主張の再調査決定の通知をなしたこと、原告が右再調査決定無効確認の訴を起し被告が該請求を認諾したこと、被告が昭和二十八年十月十九日頃原告主張のとおり右再調査決定通知書記載の年度を各訂正し、その旨通知したこと、原告が同年十一月十七日福岡国税局長に対し審査請求をなしたこと、同国税局長が右審査請求の決定を未だなしていないことは各認めるが、その余の事実は否認する。

一、原告の本件更正処分取消の請求原因中一に対する答弁は前記本件更正処分無効確認請求に対する事実の認否と同様であるから、こゝにこれを引用する。

二、原告の昭和二十七年分農業所得は少くとも四万六千五百円を超えるばかりでなく、その他にも更に合算すべき他の所得が発見されたのであるから結局原告の昭和二十七年分所得につき被告のなした本件更正処分はなんら違法ではない。

すなわち原告の昭和二十七年中の農業所得は(実額調査資料がないので止むなく原告居村の調査によつて得られた農業所得標準率を適用したが)

(一) 水稲五反九畝 収穫十石六斗一升

これに所得標準率(石当り六千二百六十円)を適用して算出した金額六万六千四百十八円

(二) 裏作三反五畝 (田の六〇パーセントと計算)

これに所得標準率(反当り三千七百二十円)を適用して算出した金額一万三千二十円

(三) 普通の畑一反三畝三歩

これに所得標準率(反当り一万五千八百二十円)を適用して算出した金額二万七百二十五円(但し畑を一反二畝十六歩としても税額に差異はない。)

合計金十万百六十三円となるところ、原告の申告に基き雇人費金五万三千六百六十円を特別経費として、これより控除した残金四万六千五百三円中金四万六千五百円(三円は切捨)と給与所得金十四万二千八百九十六円中金十四万二千八百円(九十六円は切捨)とを合算した金十八万九千三百円を同年度における原告の総所得とし、これより一切の所得控除及び税額控除をした差引年税額九千二百円の更正処分をしたものである。

しかして被告が本訴提起後に調査したところによると原告は同年度において他に給与所得として恩給二万二千四百四十八円の所得があることが判明したが、これも当然合算課税さるべきもので、これを加えると同年度における原告の差引税額は九千六百六十円となるのである。

なお農業所得特別経費として控除を認めた右雇人費中には農業以外の稼働賃金が含まれているので、その部分は特別経費として認められないのであるから、原告の昭和二十七年分の農業所得は少くとも四万六千五百円を超えることは明らかである。

従つて実際の所得より下廻つて課税した被告の本件更正処分にはなんらの違法はない。

かように述べた。(証拠省略)

理由

第一、所得税更正処分無効確認請求についての判断

被告が原告に対し昭和二十七年分所得税確定申告について調査の結果農業所得申告課税所得額金七千四百円を金四万六千五百円に更正し、原告の給与所得と合算した上、差引年税額金九千二百円、過少申告加算税金四百五十円と各課税し、昭和二十八年六月二十六日その旨原告に通知して更正処分をなしたことは当事者間に争いがない。

(一)  原告は原告が農業経営者でも農業従事者でもないのに農業所得が原告に帰属するとなして原告にその課税をなした被告の本件更正処分は無効であると主張するのに対し、被告は仮りに原告主張どおりの事実関係であつて本件更正処分に所得帰属の認定を誤つた違法があるとしても所得帰属というような抽象的観念的なものの存在は外観上明白なものとはいえないから、その違法は無効の原因ではなく単に取消の原因となるに過ぎないと主張するので、この点について按ずるに、仮りに原告主張のとおり農業所得が原告に帰属せず妻トヨに帰属するとしても、それはひつきよう所得の帰属を誤つて認定した違法があるというに過ぎず、かような違法の存在は該処分の無効原因となるものではなく、唯取消の原因となるに止まるものと解する。けだし行政処分を無効となすには単にそれが法規に違反したというのみにては足らず、その法規違反が重大であり、且つその処分に外観上明白な瑕疵が存在することを要すると解すべきところ、本件においては同一世帯の夫婦間において農業所得が妻に帰属するのに夫に帰属すると認定したことに違法があるというのであつて、かような所得が夫又は妻のいずれに帰属するかは必ずしも外観上明白ではなく、行政庁の調査認定をまたねばならぬ関係にあるものというべきであるからである。右のような事実関係であつてみれば被告のなした本件更正処分が仮りに違法だとしても、それは取消の原因となるに止まり、無効の原因とはならないから、これが無効確認を求める原告の請求は理由がない。

(二)  原告は農業所得の確定申告をなしたことがないのに被告は原告が右申告をなしたことを前提とする本件更正処分をなしたのは無効であると主張するのでこの点について考えてみる。

原告より所得税修正、確定各申告がなされていないこと、妻トヨ名義の所得税確定申告がなされていることはいずれも当事者間に争いがない。

所得税法によれば無申告の場合は本来なら決定処分をなすべきものである。従つて被告は原告に対し更正処分でなく決定処分(妻トヨの所得税確定申告に対しては所得を零とする更正処分)をなすべきであつた。しかしながら原告に対し無申告による決定処分をなすとすれば、所得税法上扶養控除及び生命保険料、社会保険料等の控除がなされないのみか無申告加算税を課せられる等原告は不利益な取扱を受けざるを得ないことになる。しかして決定処分にしろ、更正処分にしろ、被告としては本件の場合原告の所得を同一に認定したであろうことは疑いのないところであるから、原告にとつて寧ろ有利な更正処分をなしたからといつて該処分が無効なるいわれはない。(従つて更正処分によつて権利を毀損せられることはないから取消の原因ともならない。)

(三)  原告は本件更正処分についての被告庁の更正決議原本には発議、決裁、施行等の年月日の記載がいずれもなされておらず、又本件更正処分通知書にも作成年月日の記載がないから公文書として効力がないと主張するのでこの点について考えてみる。

凡そ公文書であるからといつて常に必ず作成日附の記載を要するものではないと解すべきところ、真正に成立したと認める乙第十二号証の一、二、三、同第十三号証の一、二、及び成立に争いのない甲第一号証の一、二によれば、被告庁の更正決定決議書に本件更正処分の発議は昭和二十八年六月二十二日、決裁は同月二十三日、施行は同月二十五日と各記載されていること、本件更正処分通知書には作成年月日の記載がないこと、しかし右通知書には昭和二十七年分所得税更正通知書と記載されていること、被告庁の更正決定通知発送整理簿には六月二十五日の日附があることを各認めることができ、本件更正処分通知書がその頃作成されたことを窺知し得るし、又それが昭和二十七年分の所得税更正通知書であることが明記されている以上、明確性に欠くるところはないから公文書として有効であり、何等違法の廉はない。

よつて以上いずれよりするも本件所得税更正処分が無効であるとする原告の主張は理由がなく、これが無効であることの確認を求める請求は失当といわねばならない。

第二、所得税更正処分取消請求についての判断

よつて進んで本件更正処分の取消を求める原告の予備的請求について判断する。

(訴願前置について)

被告が昭和二十八年六月二十六日原告に昭和二十七年分所得税更正処分通知書を送付したこと、原告が右処分に異議があるとして昭和二十八年七月二日被告に対し再調査請求をなしたこと、被告が原告に同年九月二十六日に昭和二十六年分所得税更正決定に対する再調査棄却決定通知書(昭和二十七年九月七日附)を送付したこと、原告が右再調査決定無効確認の訴を当裁判所に提起し同裁判所昭和二十八年(行)第十三号として受理され、該請求は被告の認諾するところとなつたこと、昭和二十八年十月十九日頃被告は原告に右再調査決定通知書の「昭和二十六年分所得税」との記載を「昭和二十七年分所得税」と、「昭和二十七年九月七日」附を「昭和二十八年九月七日」附とそれぞれ訂正する旨の通知をなしたこと、原告が再調査決定に異議があるとして同年十一月十七日福岡国税局長に対し審査請求をなしたこと、右国税局長が右審査請求の決定を未だなしていないことはいずれも当事者間に争いがない。

原告は被告が昭和二十八年十月十九日頃なした年度記載の訂正通知は目的物が全然相違する訂正であるから、その効力がないと主張するが、仮りに原告主張のとおり訂正として効力がないとしても成立に争いのない甲第三号証の二によれば右訂正通知の書面と共に昭和二十七年分所得税更正処分に対する再調査決定通知書が添附送付されているからこれを以て新な再調査決定通知と解する余地がある。尤も訂正が有効とするもかような場合再調査決定通知の効力が発生するのは右訂正通知が原告に送付されたとき、すなわち右昭和二十八年十月十九日頃と解するのを相当とする。右いずれとするも本件更正処分に対する再調査決定の通知は昭和二十八年十月十九日頃形式上有効になされたと解すべきである。

原告は仮りに右訂正が有効(再調査決定通知が有効)であるとしても、右再調査決定通知には所得税法第四十九条の要求する決定の理由を附していないから該決定は無効であると主張するが、決定に附すべき理由とは再調査請求を却下又は棄却する場合、請求が不適法(例えば期間徒過)であることを理由とするものであるか、又は内容に入り請求が理由ないことを理由とするものであるかを判別せしめる程度に記載するを以て足ると解すべきところ、成立に争いのない甲第三号証の二によれば「再調査の結果によれば原処分が正当であると認められ不服の事由については正当な事由に該当しないから再調査の請求には理由がない」と記載されており、右は請求が理由がない旨の判示であること明らかであるから、決定に附すべき理由として必要にして十分であると解する。

しかしながら原告は右昭和二十八年十月十九日から一箇月以内の同年十一月十七日再調査決定に対し福岡国税局長に審査請求をなしたが、右国税局長はこれに対し未だ審査決定をなしていないこと前記のとおりであるところ、本訴の提起は記録に徴すれば昭和二十九年一月六日であること明らかであるから、本訴提起当時は本件訴は不適法であつたが、右昭和二十八年十一月十七日から三箇月を経過した昭和二十九年二月十七日を以て本件所得税更正処分取消の訴はその瑕疵が治癒されて適法な訴となつたといわねばならない。

一、農業所得の帰属についての判断

原告が昭和二十二年まで二十数年間公務員であつたこと、現在も公務員であつて自宅より通勤していること、耕作反別及びその所有名義が原告主張のとおりであること、原告が世帯主であること、原告が佐賀県庁より妻トヨの家族扶養手当を受けていることはいずれも当事者間に争いがない。

各成立に争いのない甲第四、五号証、第六、七号証の各一、二第八号証の一乃至四第九号証の一、二第十号証の一乃至七第十一号証の一、二第十二号証、第十五号証、第二十号証の一乃至三第二十一号証の一乃至九第二十二号証の一乃至七第二十六、二十七、二十八号証の各一、二第三十、三十一号証の各一、二、乙第一及び第三号証の各一、二第七、八号証、証人北川トヨの証言により真正に成立したと認める甲第十八号証及び第二十五号証と証人辻兼雄、松尾アサ子、中村源一、北川トヨの各証言並びに弁論の全趣旨に徴すれば、原告は昭和二十四年中公務員に復職し佐賀県農地課小作主事になり自宅より通勤していたが、昭和二十五年十月五日胃潰瘍で病臥し、その恢復後は再び自宅より佐賀県庁に通勤していること、原告が昭和二十六年一月中公務員として農業に従事の暇がないこと及び昭和二十五年末より胃潰瘍に罹患し事実上農業が不可能になつたという理由で原告所有の田畑に妻トヨの農地使用貸借の権利を設定しようとして、その承認申請書(甲第十八号証)を作成したこと、その頃妻トヨにおいて朝日村農業委員会書記に右申請書を交付したこと、同年二、三月頃同書記から妻トヨに同委員会の帳簿の耕作者名義は原告より妻トヨに変更された旨告げられたこと、その頃妻トヨは居住部落生産組合にも耕作者名義変更の届出をなしたこと、しかし佐賀県武雄市朝日地区(元朝日村)農業委員会には原告及び妻トヨの農地使用貸借権利設定承認申請について同委員会に附議され、これが承認された旨の同委員会の議事録の記載もないし、同委員会においては承認がなされた場合は当事者双方に書面で通知する慣例になつていたが、同委員会が原告及び妻トヨに右承認の通知を発したこともないこと、朝日村農業委員会備付の耕作地調査表の朝日村大字中野の田畑、佐賀県杵島郡橘村大字片白の田畑合計田五反九畝、畑一反二畝二十六歩の耕作者が妻トヨの名義に訂正されていること右耕作地調査表は耕作者、耕作反別の把握、所有権、耕作権の移動を明確にし供出米割当の資料とする目的で毎年八月一日の現況により農家の申告にもとずき作成されるものであること、右調査表の耕作者を変更するには本来なら当事者双方の申請書を農業委員会に提出し同委員会の承認決議を経ることを要すること、しかし家族間で右耕作者名義を変更することは米の供出量に変りはなく他に影響もないので右変更方の依頼があると耕作地調査表に関する規定も別にないので、適当に変更している実情であつたこと、したがつて農業委員会の書記に名義変更を申出るか、又はその部落の生産組合長を経て変更手続をとることも不可能ではないこと、農地調査表は農業関係公簿の源になるので、これが変更されると耕作者の実体調査などはしないで村役場、農業協同組合等の各関係機関の各種帳簿、書類も自動的に変更されること、従つて朝日村農業協同組合が昭和二十七年度組合員賦課金を妻トヨに課し、同人を組合員として出資予約貯金をなさしめていること、朝日村農業共済組合の共済掛金、賦課金も昭和二十六年度よりは妻トヨから徴収されていること、朝日村長の昭和二十七年産米個人割当が妻トヨ宛になつていること、同村長の昭和二十六年及び同二十八年度産米穀の政府買入数量指示書も妻トヨ宛になつていること、朝日村農業協同組合の貯金通帳も昭和二十六年中より妻トヨ名義に変更されたこと、昭和二十七年、同二十八年中の右農業協同組合に対する肥料代もすべて妻トヨ名義で支払われていること(甲第二十一号証の二は誤記と認める)糯、粳、小麦、裸麦、菜種、甘藷等の各供出も妻トヨにおいてなしていること、原告が昭和二十六年六月一日現在、同二十七年十二月一日現在において各調製された朝日村農業委員選挙人名簿に各登載されていること、昭和二十八年十二月一日現在において調製された同名簿には原告の氏名が登載されていないこと、しかしながら右名簿には耕作従事者でない大学生、八十五歳の杖にすがつて歩く老婆、雇人等の氏名も登載されている実情で、その記載は正確でないこと、原告方の農業は牛馬、自動耕耘機、発動機、馬車、噴霧器等の大農具を有しない小農であること、原告は農業の知識経験乏しく且つ農耕に従事することは勤めの関係でできないのみか日曜その他の休日にも田畑に出て働くことはなかつたこと、妻トヨも病身で右田畑の耕作は勿論供出に至るまで人手によらねばならず、主として雇人による耕作をなしていること、原告が右雇人の監督、田畑の見廻をなすこともないこと、右耕作についての計画は妻トヨが原告の母と相談してこれを立てていたこと、妻トヨは右雇人等の監督をなし、病気でないときは施肥等の軽作業には自から従事していたこと、雇人の雇入も主として妻トヨがこれをなし、原告の母が雇入れたこともあること、右雇人の賃金は妻トヨから交付されていたこと、右田畑の肥料の購入もすべて妻トヨがなしていたこと、原告は昭和二十六年二、三月頃からは部落生産組合等の農業関係の会議、話合い等に一切出席せず、妻トヨにおいて出席していること、供米代金等も妻トヨにおいて生活費とは別に経理し、農業経営のための費用すなわち雇人賃金、肥料代等に支出していたこと、原告方家族の生活費は原告の俸給より支出され、妻トヨは毎月原告から右生活費を渡されていたこと、原告の肩書住所から約一里位離れた前記橘村大字片白に妻トヨの所有田二反四畝余があること、右田は妻トヨの実母が早く死亡したため原告と結婚後も同人は実家で起居し実家の弟達が成人するまで母代りとして実家の世話をしたので、昭和十八年頃右弟達が成人し同人が原告方に住むようになつた際、実父より贈与を受けたものであること、右田は当時小作させていたが、その小作料は実父において取立て妻トヨに交付されていたこと、原告は妻トヨに右小作料は「お前のものだから勝手に使用せよ」といつていたので同人は自己の小遣としていたこと、その後自作するに至つたが右田よりの収入は以前同様同人の小遣としていたこと、右田は妻トヨの実家の近くにあるので同人は右田の稲刈等は実家に泊り込んでなすこともあり、右田の耕作には同人の実家からの手助があつていること、右橘村より右田に対する固定資産税が妻トヨに課せられていること、妻トヨは昭和二十六年七月二十六日居村役場に武雄税務署の係官が出張したとき原告が病気で農業ができないことや農業委員会も耕作者を妻トヨとしたことを申述べ農業所得は妻トヨの所得として同人に課税され度い旨願出たところ、右係官は希望に副うよう取計らうことを約し、同月中に納付書(予定申告書用紙と認める)を原告に送付しなかつたら農業所得を妻トヨの所得と認めたと了解してよい旨申向けたこと、その後右申告書用紙は原告に配付されなかつたこと、昭和二十六年度確定申告並びに昭和二十七年度予定申告各用紙も原告には配付されず、その他何等の指示もなかつたこと、朝日村役場も昭和二十六年分農業所得が妻トヨの所得となつたものとして同二十七年分より農業所得につき妻トヨに村民税を賦課したこと、及び夫が公職等で多忙なため実際農耕に従事せず、妻又はその他の家族がこれに従事していても、夫所有の田を耕作して生ずる収入は世帯が同一であれば夫の収入であると社会一般にも考えられていることを各認めることができ、乙第二号証、同第四号証の一、二、同第五、六号証、同第九、十、十一号各証は右認定を左右する証拠とならないし、前掲甲第二十五号証及び証人北川トヨの証言中右認定に反する部分は措信し難い。

右事実に徴すれば原告は昭和二十四年より昭和二十五年十月病臥するまでも公務員として佐賀県庁に自宅から通勤していたのであるから、自ら農耕に従事することはできず、妻トヨにおいて自ら又は雇人により耕作に従事したであろうことは容易に推認できるところ、昭和二十五年十月原告が胃潰瘍に罹患したとはいえ、病気から恢復して前同様佐賀県庁に通勤できるようになつた昭和二十六年一月に至り以前と別に変つた事情も認められないのに、自己所有の田畑に妻トヨの農地使用貸借の権利を設定し、農業経営を同人に譲渡しなければならない理由は見出せない。妻トヨが右原告所有の田畑の農業経営上の諸事務を主として担当し、自らも農耕の軽作業に従事していたことは認められるが農業経営上の事務を担当執行して居るものが農業より生ずる収益の帰属者となるものとは限らないし、世帯主である原告が公務員として出勤し、その俸給によつて家族の生計を維持している場合、妻又は他の家族が家事事務と共に農耕に従事するのは当然である。蓋し生計主宰者が自己所有の農地を耕作することなく他から収入の大部分を得ている場合、右農地を実際耕作する者が生計主宰者の妻又はその他の家族であつても、右農地から生ずる農業所得は当該生計主宰者に帰属するとなすのが社会の通念である。してみれば原告所有の右田畑から生ずる農業所得は原告に帰属すると解するのが相当である。しかしながら妻トヨ所有の前記橘村大字片白所在の田二反四畝余より生ずる所得は右と同一に論ずることはできない。右田は前記認定のような特種な事情のもとに妻トヨの所有となつたもので、同人もかねてから自己固有の資産として、これより生ずる収益を取得していたものであるし、自己において耕作するに至つてからも右田より生ずる収益は自己の自由に処分し得る小遣に充てていたのであるから、もともと右田より生ずる農業所得は同人に帰属していたもので、生計主宰者が原告であり、原告が妻トヨを扶養しているからといつて、所得帰属の実態を調査せず、右田より生ずる所得も原告に帰属するものとなして原告に課税した本件更正処分はその限度においては違法であるから、これを取消すのを相当とする。

なお昭和二十六年七月二十六日武雄税務署の係官が妻トヨに農業所得は妻トヨの所得とするよう取計らうことを約し、同月中に予定申告書用紙を原告に送付しなかつたら農業所得は妻トヨの所得と認めたと了解してもよい旨申向けたことは認められるが元来納税義務の成立とその内容、範囲は専ら所得税法によつて定められ、私法上の金銭債務が当事者間の契約によつて生ずるのとは全く性質を異にし、契約類似の効力が発生して被告行政庁を拘束するということはあり得ないのである。

二、農業所得額についての判断

よつて進んで被告のなした本件所得税更正処分の農業所得額認定の違法を主張する原告の予備的請求について判断する。

原告の全立証によるも原告及び妻トヨ各所有の田畑から生ずる農業所得の実額が原告の本訴において主張する所得額又は妻トヨの昭和二十七年分所得税確定申告の所得額のとおりであることを確認する資料がないから、原告及び妻トヨはその各所得につき推計課税をされるも又止むを得ないところといわねばならない。

(1) 原告所有の田より生ずる所得

証人橋村卯喜男の証言により真正に成立したと認める乙第五号証及び同証人の証言並びに弁論の全趣旨に徴すれば、原告及び妻トヨの田の所得について前記のとおり実額調査をする資料がなかつたため、原告の居村朝日村の経営規模及び収穫量、中庸の専業農家六戸を選択してその者について水稲、麦作はいずれも坪刈、裏作についてはその他作付状況の調査、各種農業団体、村役場、農業委員会等につき収穫量、作付状況等の資料調査等精密な実額調査をなし、又必要経費については公租公課、種苗代、肥料代、農具費、同償却費その他について耕作者及び農業協同組合その他につき詳細な実額調査をなした上、基準として算出した農業所得標準率に基き、推計課税の方法を採り、原告及び妻トヨ所有の水稲五反九畝(その収穫石数十石六斗一升)に石当り六千二百六十円の所得標準率を適用して金六万六千四百十八円を、裏作三反五畝(裏作の課税面積は水稲田の六十パーセント)に反当り三千七百二十円の所得標準率を適用して金一万三千二十円を各算出した所得額は合計金七万九千四百三十八円となることを認めることができ、右五反九畝の水稲田よりの収穫石数が十石六斗七升であることは原告の自陳するところ、右田の裏作が三反許りであることは証人辻兼雄の供述するところで、右推計は合理的であつて相当であるといわねばならない。その中原告の所得は前段説示のとおり妻トヨ所有田から生ずる所得を控除したものであるから、これを各所有田の面積によつて按分すると結局原告の田よりの所得は金四万七千百二十四円となる。(尤も後記雇人費の特別経費をこれより控除して、はじめて真の所得額が算出されるのである。)

(2) 原告所有の畑より生ずる所得

前顕各証拠によると原告所有の畑より生ずる所得についても実額調査をなす資料がなかつたので、朝日村中三ケ部落の専業農家につき立毛中の作付状況調査及び各種農業団体につき収穫量の資料調査をなし、必要経費については水稲、裏作の場合と同様な調査をなす等精密な実額調査をなした上算出した農業所得標準率に基き推計課税の方法を採つて、畑一反三畝三歩に反当り一万五千八百二十円の所得標準率を適用して金二万七百二十五円の所得額を算定したことを認め得るが、右所得標準率は畑の作物を販売することを営業とする専業農家の所得標準率であると解せられるところ、前記認定の事実並びに弁論の全趣旨に徴すれば原告方の畑作は自家消費のための耕作であると認められるし、証人辻兼雄の供述によれば原告方の畑の一反余(大部分)で麦作をなしていることも認められるので、右所得標準率適用による推計は本件の場合合理的とはいい難い。他に本件畑より生ずる所得につき実額認定又は推計をなし得る資料は本件において存在しない。よつて被告のなした原告所有の畑より生ずる所得認定の部分は違法としてこれを取消すべきものである。

(3) 農業所得特別経費としての雇人費

原告及び妻トヨ各所有の田畑の耕作が主として雇人によつてなされていることは前記認定のとおりであり、証人橋村卯喜男の証言により真正に成立したと認める乙第五号証並びに同証人の証言によれば農業所得標準率算出に当つては雇人費は考慮されていないことが明らかであるから、所得標準率適用による課税の場合にも別に右費用を控除すべきものであることはいうまでもない。

ところで成立に争いのない乙第十四号証の一、二によれば妻トヨが昭和二十七年分所得税確定申告に際して申告した雇人費は金五万三千六百六十円であることを認めることができる。そうして被告も右申告の雇人費をそのまゝ容認しているのであるから、申告納税を原則とする所得税法上被告の右認定に何等の違法もないといわねばならない。尤も原告は本訴において雇人費を金六万六百四十円と主張するが甲第十三号証の一、二、同第二十五号証はこれを認めるに足る証拠とはならない。

しかしながら右雇人費は原告所有の田三反五畝、畑一反三畝三歩(前掲甲第七号証の二によれば一反二畝二十六歩)妻トヨ所有の田二反四畝の耕作に要した費用であること明らかであるところ、田と畑とはその費用も異ることは容易に考え得るし、原告所有田と妻トヨ所有田とも雇人を要する程度に相異があることも前記認定の事実より推定し得るところ、右のいずれに如何程の雇人費を要したかを確認し得る資料は本件において存在しない。

してみれば原告の農業所得は結局確定し得ないことになるから、本件更正処分は全部違法としてこれを取消すの外ない。

よつて爾余の判断をなすまでもなく、本件更正処分の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎 富川盛介 小川正澄)

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